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名古屋地方裁判所 昭和40年(ワ)191号 判決 1967年10月30日

原告 刈谷俊景

被告 豊国機械工業株式会社

主文

一、被告が昭和三八年一一月三〇日原告に対してした解雇の意思表示は無効であることを確認する。

二、被告は原告に七二、二七二円とこれに対する昭和四〇年二月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員とを支払え。

三、原告その余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五、この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「主文第一項同旨および被告は原告に一一〇、四五二円とこれに対する昭和四〇年二月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員とを支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決と金銭支払部分につき仮執行の宣言とを求め、次のように述べた。

「一、原告は被告に雇われ、その従業員として勤務して来た。ところが、被告は昭和三八年一一月三〇日、その就業規則に基き、原告を懲戒解雇する旨の意思表示を原告にした。

その理由は、就業規則上の懲戒事由である「故意または重大な過失によつて会社に損害を与えたとき―第六九条第七号」「会社内で会社の許可なく政治的活動またはこれに類似する行為をしたとき―同条第一二号」「他人に対して暴行脅迫を加え、またはその業務を妨害したとき―第七〇条第二号」に当る行為が原告にあつたというのである。

二、しかし、原告には、右懲戒事由に当るような行為はないのであるから、右解雇の意思表示は無効であり、原告は被告に対し現に雇傭契約上の権利を有する。ところが、被告はこれを否定し争うから、右解雇の無効確認を求める。

三、被告は昭和三八年一二月一日から昭和三九年六月二二日までの間の賃金を原告に支払わない。その間の賃金額は次のとおりで、合計一一〇、四五二円となる。

(1)  原告の昭和三八年九月分賃金は就労二〇日で八、八七五円、同年一〇月分は就労二三日で一〇、一二四円、同年一一月は就労一七日で八、二五五円であり、右三月分の平均は就労二〇日、九、〇八四円となる。

これによれば、原告の昭和三八年一二月から三九年二月分まで三月分の賃金は、二七、二五二円となる。

(2)  被告は昭和三九年三月一日その従業員全部の昇給を実施した。これにより、原告の賃金は、一時間あたり六〇円、通勤手当一日三〇円、皆勤手当一月六〇〇円を受けるべきこととなつた。

これによれば、一日八時間勤務で原告が被告から受けるべき昭和三九年三月から六月分までの賃金(一月二〇日出勤)総額は四三、二〇〇円となる。

(3)  被告はその従業員に昭和三八年末一時金、昭和三九年夏季一時金を支給した。その額は原告と同年令、同時入社の場合、各二万円、合計四万円である。

すなわち、以上合計一一〇、四五二円が原告の受けるべき賃金額となる。

四、よつて、原告は被告に対し右合計一一〇、四五二円とその支払日より後である昭和四〇年二月三日以降これに対する民法所定年五分の率による遅延損害金との支払を求める。」

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、次のように述べた。

「一、原告主張一の事実は認める。被告がした解雇の意思表示は次に述べるとおり有効である。

(1) 原告は昭和三六年三月被告に入社した初めは、勤務成績良好であつたが、昭和三八年七月ごろから勤務状態がわるくなり、無届欠勤が多くなつた。それと前後する同年五、六月ころから、新入の従業員に民青同に入るようにしつこくすすめ、作業時間中職場を離れて作業中の従業員に加入を強要したりさえした。そうした原告のしつこい勧誘のため被告会社から退職するに至つた従業員は少なからぬ数に達した。

古畑操はその一人であるが、古畑に対する原告の言動は次のようなものであつた。古畑は昭和三八年九月被告に入社し、その勤務成績は良好で、被告としてもその将来に期待をかけていた。

原告は古畑の入社約一週後から、古畑に民青同に入るよう、その職場で毎日のように迫つた。古畑は民青同がどんな団体であるかも知らず、入る意思もなかつたので、その都度ことわつていた。

原告は今度は、鶴舞公園や東山公園などに出て来るようにと古畑に呼出しをかけ、さらに古畑のアパートにまで行つて加入をすすめた。古畑がことわると、これをこづいたり、なぐつたりした。

また、古畑が作業中のところに自分の職場を離れて来て、「一所懸命やつてどうするのだ」などとからかい、いやがらせをしたり、その仲間の新村、久保などをして、古畑に短刀を示しておどかさせたりし、ついには民青同に入らないと会社をやめさせるなどとさえいつた。

古畑は右のような原告の言動に恐れをなし、昭和三八年一一月一八日被告に事情を訴え、これ以上被告会社に勤務するのが耐えられないから、退職したいと申出た。被告は驚いて、事情を調べたところ、古畑のいうとおりであつたので、やむなくその退職を承認することとなつた。これは全く原告の前記のよううな言動の結果なのであり、ために被告としては優秀な従業員を失うこととなつた。

(2) しかも、被告はその後開かれた懲戒委員会の席上で、原告の行為が就業規則六九条一二号の「会社内で許可なく政治的活動またはこれに類似する行為をした」場合に当ることを認めながら「その規定は法律違反だから認めない、そのような項目が入つている、会社が勝手に作つた労働協約は認めるわけにはいかない」などというのであつた。

(3) 以上のように、原告が古畑に民青同加入を強要し退職に至らしめた行為は、原告主張の就業規則七〇条二号、六九条七号の懲戒事由に、就業時間中に前記勧誘をしたことは同六九条一二号の懲戒事由に、懲戒委員会席上での就業規則労働協約などは会社が勝手に作つたもので守る必要がない旨の発言は、同七〇条三号「職務上の指示命令に不当に従わず、職場の秩序を乱した」との懲戒事由に、それぞれ当るのであつて、被告がした本件解雇の意思表示はもとより有効である。

二、昭和三八年一二月一日から昭和三九年六月二二日までの賃金を支払つていないこと、原告主張の昭和三八年九、一〇、一一月中の原告就労日数は認めるが、賃金は昭和三八年九月分が八、二二五円、一〇月分が九、四六五円、一一月分が七、六〇九円で、平均一月八、四三三円にすぎない。

原告主張の従業員昇給の事実、原告の昇給額は否認する。

被告は原告を昇給させる意思表示をしたことはない。また、皆勤手当は原告主張のように平均就業月二〇日では皆勤したことにならないので、支給を受くべくもない。

原告に支給されるべき昭和三八年度年末一時金は一三、六六九円、昭和三九年度夏季一時金は一、七二一円にすぎない。」

(証拠省略)

理由

一、原告が被告の従業員として雇われ、勤務していたこと、被告が昭和三八年一一月三〇日就業規則に基き原告を懲戒解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争がない。

二、右解雇の意思表示の効力について判断する。

(1)  被告は、原告が古畑操に民青同への加入を勤務時間中にも再三にわたつてしつこくすすめ、これを退職のやむなきに至らしめたことを以て就業規則第六九条、第七、一二号に当るとし、これを右懲戒解雇原因の一と主張する。しかし、成立に争のない乙第一九号証によれば、被告就業規則は次のように定めていることが認められる。すなわち、右規則上被告のなしうる懲戒処分は譴責と懲戒解雇の二に限られ(第六七、六八条)、被告主張の第六九条各号は譴責事由であるにすぎない。それらの譴責事由あつて譴責(または訓戒)に処せられること三回以上におよんだときはじめて懲戒解雇原因となりうるものである(第七〇条第一一号)。従つて被告主張の前記第六九条各号に該当する行為が原告にあることを、それ自体を以て懲戒解雇の事由とすることはできない(他に独立の懲戒解雇事由あるとき解雇処分をするか否の事情とはなりえても)ものというべく、これを懲戒解雇の一事由とする被告の主張は失当である。

(2)  次に、被告主張の懲戒解雇原因である就業規則第七〇条第二、三号に当る行為が原告にあつたか否について判断する。

まず、右第二号に該当するといわれる原告所為については、成立に争のない甲第一、二、三号証、証人柴田仲治の証言により真正に成立したものと認める乙第一、五、六、七号証、証人神田透の証言により真正に成立したものと認める乙第二四号証、証人古畑宏、村上得二、柴田仲二、神田透の各証言、原告本人尋問の結果を総合すると、次のように認められる。

原告は昭和三六年三月被告に入社し、昭和三八年五月前後いわゆる民青同に加入した。同年九月古畑操(原告と同年輩で当時一八才位)が被告に入社し、原告と同じ職場で働くようになつた。原告は古畑や、古畑と同じころ入社した神田透に間もなく民青同への加入をすすめた。神田はこれを明かに拒絶したので、原告は神田にはそれ以上勧誘しなかつた。古畑は内心加入する意思はなかつたが、はつきりと拒絶はしなかつた。そのため、原告は、数回にわたり、時には勤務中にも、古畑に加入や民青同の機関新聞の購読あるいは部外の若者たちとの交流会などへの出席をしきりに勧誘した。(なお、その間原告が自らあるいは他人をして、古畑に短刀などを示し、または暴力を使つて加入などを迫つた事実を証するにたりる証拠はない)。古畑としては、民青同に加入を承諾するには不安を感じ、一方同じ職場の先輩である原告の勧誘をことわれば職場で孤立してしまうのでないかなどと感じるようになり、被告会社を退職しようと考え、同年一一月名古屋在住の叔父古畑宏に相談した。宏は一たんは慰留したが、民青同というようなグループのある被告会社に、親もとをはなれて働いている操の身上を案じ、まだ若いことではあり、転職したほうがよいのではないかと考え、操の退職に同意し、操は同年一一月二〇日被告を退職するに至つた。

前記証拠中には、原告が古畑操に、会社をつぶすことができるとか、会社をやめさせるとかいつたとする部分があるか、これはそのままには、採用しえないし、その他右認定をくつがえすにたりる証拠はない。

以上の事実によれば、原告の古畑操に対する勧誘は熱心すぎてしつこかつたとはいえるが、脅迫というに価するとはいえないし、その間原告に脅迫の行為があつたと見るべき事実を証するにたりる証拠はない。原告が暴行したことを証すべき証拠もない。

もつとも、右事実によれば、古畑操が被告を退職するに至つたのは、原告の前示勧誘が少くとも一の、小さからぬ原因になつたものというべきであるが、原告が古畑を退職させるため、あるいは少くとも右の勧誘をくりかえせば退職するであろうことを認識しながら、前記行為に出たものと認めるにたりる証拠はない。そして、被告就業規則第七〇条第二号に「他人に暴行脅迫し、または業務妨害したとき」とあるのは、その故意を以てしたときの意と解すべき以上、原告には右条項に当る行為があつたとはいえないわけである(なお、原告が時には就業時間中、古畑に勧誘したこともあることは、前認定のとおりであるが、これを以て直ちに前記業務妨害に当るとは断定しがたく、そう解するにたりる事実の証明は未だ不十分である)。

次に、被告主張の就業規則第七〇条第三号に当る行為が原告にあつたとの点について。

前示乙第七号証によれば、被告が右事件について開いた懲罰委員会の席上で、原告は委員の質問に対し、次のような応答をしたことが認められる。

すなわち大意「会社内で会社の許可なく政治活動またはこれに類似する行為をしたことを懲戒事由とする就業規則の条項は違法だから認めるわけにはいかない、そのような項目の入つている、会社が勝手に作つた労働協約ないし就業規則(乙第七号証には原告は労働協約とのみいつたように記載してあるが、前後の記載から見れば、労働協約ないし、就業規則、あるいは就業規則の誤記かと見られる)は認めるわけにはいかない」との趣旨のことを委員のたずねに対し、原告は述べた。他方、原告は、その本人尋問において右発言の趣旨は、勤務時間の内外を問わず、会社内での政治活動を禁じる規則は違憲だとの趣旨を述べたのだとし、前記発言はそのように解することもできない事はない。

原告の右発言の趣旨がそのいずれであつたにせよ、それは右のような事情調査の席上で、就業規則等の特定条項についての自分の意見を述べたに止まり、被告の就業規則ないし労働協約を全面的に否定したものではなく、被告の職務上の指示に一切従わないことを表明したものでもない。これを以て直ちに被告の具体的な職務上の指示命令に原告が不当に従わなかつたものということはできないし、他に原告が職務上の指示命令に従わず職場秩序を乱した事跡があつたことの証明はない。すなわち、原告の右発言が、就業規則等の意味、効力についての原告の誤解に基く誤つたものであるにせよ、単純な右発言のみを以て、就業規則第七〇条第三号所定の「職務上の指示命令に不当に従わず、職場の秩序を乱したとき」なる懲戒解雇事由に当るものとはなしがたい。

(3)  とすれば、被告のした前記解雇の意思表示は、その原因を欠き無効なものというべきところ、被告はその有効なことを主張しているから、その無効確認を求める原告の請求は理由がある。

三、次に、原告の賃金請求について判断する。

右のように、解雇の意思表示が無効である以上、原告は昭和三八年一二月一日以降も被告従業員として、被告に対し賃金債権を有するものというべきところ、被告が同日から翌三九年六月二二日までの賃金を原告に支払つていないことは当事者間に争がない。

さらに、昭和三八年九月から一一月までの原告の一月平均就業日数が二〇日であり、その間の一月あたり平均賃金が少くとも八、四三三円であつたことは被告の認めるところであるが、原告賃金額がこれをこえて平均月額九、〇八四円であつたとの原告主張事実を証するにたりる証拠はない。また、昭和三九年三月一日以降原告はその主張額に昇給した旨主張するが、原告個人であれ、原告所属の職階の一員としてであれ、原告がその主張額に賃金が改められる合意が当事者間になされたことを認めるにたりる証拠はない(この点に関する原告本人尋問の結果もまた右事実の立証として不十分である)。

そうすると、原告の昭和三八年一二月一日から昭和三九年六月二二日までの間受けうべき賃料額は、特段の事情のない本件においては、前示の一月あたり八、四三三円であつたというべく、合計五六、七八三円となる(昭和三九年六月一日以降の分は日割計算)。

原告主張の年末と夏季との一時金について原告の受くべきそれが、被告の認める合計一五、四九〇円をこえるものであつたことについても、前示賃金増額の点に関すると同様未だ立証不十分であつて、これを認めがたい。

そうすると、原告の被告に対する賃金請求中、右合計の七二、二七二円とこれにつきその弁済期後と認められる昭和四〇年二月三日以降年五分の割合による遅延損害金との支払を求める部分は理由があり、認容すべきであるが、これをこえる部分は失当であり、棄却を免れない。

四、訴訟費用は、各一部敗訴した原、被告がそれぞれ主文掲記の割合で負担すべく、金銭支払を命じる部分については原告の申立により、仮執行の宣言をすることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川正世 片山欽司 鬼頭史郎)

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